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原産地は南アフリカのカラハリ砂漠とする説が最も有力で、4000年まえにはすでにエジプトで栽培され、種を食料に、砂漠地帯では水代わりの飲料として珍重されました。英語では「ウォーターメロン」、江戸時代には「水瓜」とも書かれ、現在では中国で西域から伝わった瓜の意で「西瓜」と書かれるようになりました。
昭和期戦前から「三河すいか」産地の一つとして、渥美郡高師村(現在の高師・天伯地区)で栽培が盛んになりましたが戦争による食糧難から一時は栽培が禁止されました。その後食糧事情の回復で再び産地化が進み、豊橋では旧陸軍用地である高師ヶ原を中心に栽培が行われました。
昭和30年代〜40年代にかけてビニールハウス、トンネル、マルチの普及により現在の様な早期収穫の作型が分化しました。また、接ぎ木技術の導入により、安定した栽培が可能となりました。
主に一番果のみ収穫する作型で、品質や食味を重視した栽培、選別が行われています。
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