北、東ヨーロッパからトルコにかけて野生し、中国を経由して明治8年、愛知県で試験栽培を行い、苦心の末、10年後に成功し、県下での栽培が広まりました。
豊橋市のはくさい栽培は大正時代末期に磯辺地区で取り組んだのが最初とされ、その後、秋冬期の野菜栽培の主力品目として急速に栽培面積が伸び一大産地となって行きました。特に、豊橋鉄道渥美線の高師駅のホームを集出荷場として貨車輸送の効率が上がってからは生産者の意識統一もあり、消費地への安定供給により名声を上げて行きました。
現在でも、京阪神地区市場を中心として出荷され品質は常にトップクラスにあり、全国でも指折りのブランドとしてその地位を守り続けています。 当JA産のはくさいは黄芯型が主流であり、円筒形で大玉、葉の並びが良くボリュームがあり、生食、煮物はもとより漬物用にも打ってつけであります。 |